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drive

 必然と偶然の違いは、ただその未来を予想し得るための思考力が存在するか否かだ、と彼は笑う。


 暗闇。寝台。窓の外――月明かり。
 さ、と雲の切れ目からあらわれた月の光に、ロロは窓の外を見上げた。ひとつ、ふたつ、と瞬くうちに、あっという間に月は雲の中に飲み込まれる。その光は昼間の太陽に比べてずっと淡く、儚い。まるで気紛れのように冷たい光で地上を見下ろすかと思えば、次の瞬間には跡形もなく雲の中へ消えてしまう。ようやくあらわれたかと思えば、朝には太陽の眩しさを厭うかのように空の青さに溶けてしまう。
(あのひと)
(みたい)
 その光も、冷たさも、感情の起伏の激しささえ似ている、とロロは目を伏せる。
 かしり、と手元のロケットを手のひらに握りこんだ。白地に金の縁取り。ロロの中にもある、脈動と愛おしさの象徴を象ったロケットは、まるで月の光を帯びているかのように酷くつめたい。縁取りを指でなぞりながら、もう一度窓の外を見上げる。月はまだ見えない。
(まだ、かな)
 窓の外から続く空のどこかで、ロケットの贈り主は闘っている筈だった。己の生きるための理由、その存在を再び手にするために。彼女を護ること、彼女がよりよく生きられる世界を構築することが、彼の、しいてはゼロの行動理念の先にあるものであるということを、ロロは誰より正しく知っている。
 だが、それを思うたびに、ロケットに象られた象徴――己の心臓が、きしきしと小さく軋むのを感じる。この軋みは何だろう。ルルーシュが再びゼロとしての記憶を取り戻し、ナナリーの存在を思い出したときからずっと感じている耳障りな音――。

 学園の屋上。
 階下で行われるダンスパーティーの音楽も、人々の喧騒も、何も耳には入らなかった。
 遠ざかる足音。
 白き騎士が去ったことを確認してから再び姿をあらわした自分を、改めて彼は振り向こうとはしなかった。
 ただ、ロロか、と唇で呼んだ。
「さっきは助かった。完全にイレギュラーだ」
 階下からの風で、漆黒の髪がさらりと揺れる。その隙間から垣間見える瞳の色は、感情をレンズに隠す紫色。ゆっくりと地上へ下ったその視線は、いったい誰を見ているのか、などと問う野暮は侵したくなかった。
 ふ、とその瞳に悲しみと怒りの色がともる。
「スザクめ……ナナリーを――総督に」
「奪還しますか」
 それとも。
 殺しますか。
 そう呟く前に、ルルーシュは答える。
「無論」
 その指先が震えるのを、ロロは見逃さない。
「これ以上ナナリーが利用されるのを黙って見ているわけにはいかない」
 ナナリーが、と繰り返し、ルルーシュは震えた指先を握りこんで黙った。
 その横顔をロロは見つめる。
 己の名を呼んだ、その同じ唇で、いとおしげに呼ばれる『本物』の名前。
 偽りでも、一瞬だったとしても、かつて己がいた場所に、己が入れないという苛立ち――

 それは心臓よりずっと奥深く、決して素手では触れない部分から湧き上がり、今もやまない。
 胸を乱暴に掴み、息を整える。痛みに似た軋みは、そうしてもまだ薄らがない。
 多分、この軋みの根元にあるものを、ロロは気付いている。それでいて、知らないでいたいとも願っている。
 己の心臓の奥、己でさえ触れられない場所に沸き起こるそれは、
(決して叶わない)
(ゆめ)
 かしり、とロケットを掌から開放する。
(だから)
  
 不意に、部屋の扉が音を立てて開いた。
 部屋の向こう、廊下もまた、暗闇。
「誰?」
 す、と反射的に銃器に手を伸ばしながら問うと、気配を隠そうともしない存在がひとつ、細かく震えながら、一歩近づく。月明かりを待つでもなく、すぐにロロにはその気配の主が分かった。闇に紛れる黒衣装は、存外闇に慣れた目には分かりやすい。
「にいさん」
 銃器を置いて、ベッドから降りる。
 歩み寄ると、見間違いではなく、やはりルルーシュが小刻みに体を震わせているのが分かった。
「兄さん、どうしたの」
 手を伸ばすと、その体がびくりと震える。足元を見つめていた顔がロロを見る――酷い汗だ。それを拭うでもなく、ルルーシュは呆然と立ち尽くしている。
 からん、と、ゼロの仮面が床に転がり落ちた。
「ロロ、ナナリーが――」
「兄さん」
「ナナリーが……スザクを……っ」
 俺ではなくスザクを、と繰り返すルルーシュの背を、ロロはそっと抱く。
「兄さん」
「俺は……、俺は何のために――っ」
「兄さん」
「ナナリー……ナナリー……っ」
「――にいさん」
 耳障りな声を遮って、ロロは兄を抱く腕に力をこめる。





「兄さん、僕がいるよ」








 素肌にシャツを羽織り、脱ぎ散らかしたままのズボンを履いて廊下に出る。
 月の光に洗われたシャツの冷たさに顔を顰めながら、部屋の扉を閉めたところで、壁によりかかる少女の姿に気付いた。
 どこにでも現れ、どこにでも消える。己の本来の任務対象であったはずのこの少女を、しかしまだロロは良く知らない。
 何の用だ、と問おうとして、先に言葉を盗まれる。
「お前も残酷なやつだな」
 壁によりかかったままで、少女は笑う。
「あんな方法をとらずとも、ルルーシュはお前を捨てたりしないのに」
 くくくっとしのび笑う声が廊下に響く。
 ロロは掌に携えた携帯電話――それに繋がれたロケットに視線を移した。
 己のギアスを用いれば、スザクがアッシュフォード学園に復学した理由も、そこで起こす行動も、携帯電話の履歴や手持ちの書類から簡単に突き止めることが出来た。
 あの日。
 己のギアスを使うことで、ルルーシュがナナリーと繋がり、そこから奪還への思いを強くすることも、その結果として起こした行動が決して成功しないであろうことも、ロロは知っていた。
 ロロは、ナナリーが己の希望でユーフェミアの遺志を継ぎ、総督に就任を決めたことを既にデータとして知っていたのだ。
 それを言わなかったのは、無論、今この状況が、ロロが望むものに他ならなかったからに違いない。
 かくしてルルーシュは傷つき、絶望し、ロロの腕の中で堕ちた。
(兄さん、僕が)
(ロロ)
(僕だけが、あなたの)
 C.C.の冷たい声が遮る。
「お陰でルルーシュは海と衝突する五秒前だった。……お前のせいだ」
「なら」
 無意識にロケットを指先で触れる。
「殺せばいいでしょう。あなたなら、それができるはずだ」
 そう言い捨て、再び歩き始めようとしたロロの足取りを、少女の笑い声が一瞬遅らせる。
「分からないか、ロロ」
 息をつくように笑って、少女は目を伏せる。
 

「お前もまた、あいつにとって『生きる理由』のひとつらしいからな」


 その答えに、少年は兄によく似た瞳で小さく笑む。
(いつか僕が)
(僕だけが)
(そうであればいい)
 ロケットを握りなおすと、掌の中で小さく、悲鳴にも似た音がした。


-----------------------------------------------------------------------------
ふははははは。
文字制限で拍手に引っ掛かったのでこちらにアプ。
何であんなところにロロが!とか思ったのは私だけでしょうか。
総て計算された上でのあのギアス、だったのならロロってルルマスターだわんとか思ったのでタイトルは「drive:左右する、操作する」
何だか書きたいことが書ききれなかったのだけれど時間切れ。色々と。
02:30 | 小話 | comments(0) | trackbacks(0) | author : 皆月
絶対遵守
 記憶の檻の向こう側から、それでも貴方は彼を呼ぶ。

 ひたり、と顎を伝う汗。ひとしずく、またひとしずく。
 あの頬の白さにどうして溶けゆかないのか不思議だ。少し伸びた髪が濡れて、漆黒の色がいつもより艶めいて見える。何度目かで鬱陶しそうに同じ白さの指先がしずくを振り払い、ロロは知らず長い間その横顔を見つめていたことに気付いた。
 横顔は、気付いているのか、いないのか。ふ、とロロのそれよりずっと濃い紫の瞳を和ませ、笑いかけた。
「……暑いな」
「今日は特別だよ。びっくりするくらい気温が高くなってる」
「参るよな。こんな日に限ってさ」
 ふう、と息をついて、ルルーシュは手の甲で軽く額を拭う。ピンクのエプロンが暑さに拍車をかけているのだろう、その胸元をはたはたとはためかせている。その笑みに応えるように、ロロも少し首を傾げて笑ってみせた。
 初夏だというのに熱の篭ったままの生徒会室には、その場所に似つかわしくない甘い匂いが漂っている。その匂いの元はルルーシュの腕の中。専用のケースの中で、ふんわりと綺麗な狐色になっている。
 ルルーシュが天板ごとテーブルに置くと、奥で黒板に何か書いていた金髪の少女が走り寄り、ルルーシュの肩越しに声をかけた。
「あら、ルルーシュ。もう出来たの?」
「試作品ですけどね。……でも会長、いくらなんだってこの季節にこんなもの作らなくったって」
「こんなものって……」
 示すルルーシュの指の先にあるのは、楕円形の焼き菓子。調理室から持ってきたばかりの狐色は、しっとりとつやを帯びて美しい。この焼き菓子が、手のひらサイズのケースに入って店頭に並べられていたなら、皆が口を揃えて思うであろうそれは。
「マドレーヌ?」
「いや、マドレーヌそのものに罪は無いんですけどね」
 ルルーシュは再び汗を拭った。両手でようやく抱えられる大きさの天板にのっている狐色は、これまた両手でようやく抱えられる大きさ。軽く20人分はありそうな大きさである。
「バームクーヘンにシフォンケーキ、今回はマドレーヌ。……何で今年の学園祭の候補は焼き菓子ばっかりなんですか」
「いいじゃなーい。去年の巨大ピザは失敗しちゃったし。そろそろ皆もスイーツが食べたくなる頃じゃない?」
「それは皆も、じゃなくて会長が、でしょう」
 苦笑を浮かべてルルーシュはエプロンを脱いだ。ひたり、と薄く肌にはりついているシャツに目を奪われ、ロロは慌てて視線を逸らせた。テーブルの端と端で良かったと思う。あまりに近すぎれば、容易くこの視線の行き先を悟られてしまうだろう。
 出来たてのマドレーヌの香りを堪能したらしい会長は、楽しそうな仕草で唇に指を当てた。
「でも、さっすが。今回も美味しそう」
「試作品ですからね。味の保障はしませんよ」
「そんなこと言って。バームクーヘンもシフォンケーキも大人気だったじゃない?」 
 十分の一スケールで作られている試作品といっても、二十人分だ。無論生徒会の中だけで片付けられるわけはなく、校庭で部活動に励んでいる学生達にも配られる。滅多に見ることの出来ないルルーシュのエプロン姿と共に、生徒会副会長の作る試作品は学校中で評判だった。
「てことはやっぱり今回も……」
「あったりまえでしょ!ハイ、これが生徒会の分。残りを持って、行ってきまーす!」
 自分達の分だけを切り分けると、天板を持って意気揚々とミレイは生徒会室を出て行った。ケーキナイフを持参していたところを見ると、今回も校庭から狂喜の声が上がるのはそう遠くは無い未来のはずだ。
「あーあ……相変わらずだな、会長は」
「兄さんも、毎回会長の言うこと聞くことないのに」
「なに、俺にとっても料理の腕を磨く良いチャンスさ。家ではなかなか焼き菓子なんて作る機会がないからね」
 ふ、と笑うと、ルルーシュはロロの向かいに腰掛けた。テーブルにばらまかれている去年のイベントの写真を見て、頬杖をついてくすくすと笑う。
「大体、どうして何でもかんでも巨大にするんだかな」
「『普通の大きさなんて、作っても面白くないでしょ?』だってさ」
「ま、ここではあの人がルールだからな。仕方ないさ」
 気だるそうに頬杖の上で目を閉じる。ルルーシュは暑いのも寒いのも苦手だ。ロロはそれを知っている。勿論、データとしてだ。
「兄さん、暑いでしょ。冷えたハーブティーがあるけど、どう?」
「いいな。もらおうか」
 瞳だけで笑って、すぐに閉じる。濃い紫の瞳。
 ロロは席を立って、生徒会室の冷蔵庫を開いた。グラスに氷とハーブティを注ぐ。からん、という小気味良い音。シロップを加えてマドラーでグラスをなぞると、暁の空をうんと薄めたような色のハーブティーに、ゆらゆらとシロップが溶けていくのが分かった。
(こんなふうに僕も)
(貴方の記憶に溶けてゆけたら)
 あの笑顔もあの瞳も気だるそうな頬杖も、兄としてで良い、自分だけのものであったなら――
 こんな感情は、無論、任務には不要であると分かっている。分かっていても、狂おしいほどの思いに駆られる。白い頬も、紫の瞳も、漆黒の髪も、……任務ではなく、気付けば目で追っている自分がいる。
 一年前から作られた薄っぺらな偽物の記憶の中にしか己がいないことを、誰よりも己自身が知っているというのに。
 軽く首を振る。
 毒されるなよ、とヴィレッタは言った。アレは毒だ。決して毒されるなよ。それは、誰よりお前のためだ――
 パタン、と冷蔵庫を閉める。
 分かっている。何より、ギアスを使えないこの男に、それまでの力があるとは思えない。いや、思えなかった。会って、視線を交わすまでは――
「はい、兄さん。ハーブティー……」
 グラスを手渡そうとしたロロは、言葉を止めた。
 気だるげな瞳は閉じられたまま、長い睫毛はぴくりともしない。ただ、窓の外から流れ込む緩やかな風に合わせて、さらり、と漆黒が流れる。
 小さな呼吸音。
 それは、安らかな寝息だった。
(驚くほど無防備な)
(ひと)
 かたり、と静かにテーブルにグラスを置く。そっと回り込んで、ルルーシュの背後に立った。己の手のひらを見る。腕を一振りすると、袖口から鋭利なナイフが姿を現した。
 それをそっと、ルルーシュの首筋に当てる。今ならギアスを使うまでもない。このナイフの切っ先にあと少し力を込めれば、容易くこの白い肌を赤く染めることが出来る。そうすれば、ルルーシュを救うべくC.C.が現れるだろう――。そして彼女を捕獲する。それこそが己の任務。
(僕はいつだってあなたを)
(殺す)
(ことが出来る)
 そう思うと、ふるりと心が震えた。
(そう、僕が)
(僕だけが)
 
「ん……」

 ルルーシュが小さくみじろいで、ロロははっと我に返った。袖をもう一振りしてナイフを仕舞うのと、ルルーシュが気だるげに背を伸ばすのは同時だった。
「ちょっとうたたねしたな。……ん、どうした、ロロ」
「あ、うん」
 その目が己の瞳を見る前に、慌てて言葉を紡ぐ。
「兄さん、シャツが汗で濡れてるから、このままだと冷えて風邪引くかなって」
 替えのシャツを取りに行こうと思って、と続ける言葉を、ルルーシュは疑わない。「弟」の優しさに、素直に笑みを見せる。
「構わないよ。今日はもうすぐ家に帰るし」
「そう? 兄さん、そういうのすぐ面倒くさがるから。この間もそれで体調崩したでしょう」
「はいはい、分かったよ」
 苦笑気味で続ける言葉に、ロロは表情を凍らせた。

「『いつも』言われてることだからな。おとなしく帰ってシャワー浴びるよ」
 




 記憶にはない――はずだ。
 書き換えられた記憶は、母と妹、そして『ゼロ』のこと……『ゼロ』として行動した間のすべてのことだと聞いている。
 すなわち、ルルーシュに関する資料の中に残されていた、ある一人の少年とのかかわりについて、友人としての関係を除く総てのしがらみはすべて消去されているはずだ。 
 なのに――
 ブラックリベリオン。ルルーシュが記憶を失った日。
 その日が近づくにつれ、思い出すはずのない記憶が唇に上る。その回数が日増しに増えていく。
(ほら兄さん、バスタブから出たら髪の毛はちゃんと乾かして。濡れたままで寝たら体調を崩すよ)
(分かってるって。『いつも』言われてることだろ?)
 まるで自分を誰かと置き換えてでもいるように。
(……あ、うん。そうだね。『いつも』言ってることだ)
(だろ。ハイ、ドライヤー)
(え?)
 渡されたドライヤーにキョトンとすると、
(なんだ、乾かしてくれるんじゃないのか)
 まるでそうしないことが不思議だ、とでもいうような視線で、ロロを見る、その、
 紫の瞳。
 その瞳が――誰を見ていたのか、ロロは知っている。
 その『誰か』は、体の弱いルルーシュを気遣い、『いつも』小言を言っていたのだろう。面倒屋なルルーシュの髪を自ら乾かしてやるほどに、その存在を愛しく思っていたのだろう――
 それを考えると、いつも心臓が猛り狂ってしまったかのように痛む。記憶の中からその人物の部分だけを抜き出して、真っ黒なクレヨンで幾重にも幾重にも塗りつぶしてしまいたい。
 そう、彼の髪の色のような、奥の見えない漆黒で――


「……おい、ロロ?」
 ソファに体を沈めたルルーシュが、不思議そうな顔でロロを見上げた。
 シャワーから上がったばかりのバスローブ姿。
 棚の上のドライヤーを示して、笑む。
 紫色のあまやかな瞳で。
「髪、乾かしてくれるんだろ?」
 無論、それに笑って応えるすべを、自分はひとつしか持ち得ない。
「……イエス、マイロード」
 
 その絶対遵守の力の持ち主は、何だよそれ、とくすぐったそうに笑った。






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はははははは。
やっちまいましたよ姉さん。(誰)
ルルーシュが可愛すぎて書いてしまいました。
記憶が戻る前のロロルル⇒スザみたいな。ルルにはやっぱり友人以上の存在としてスザクのことを覚えておいていただきたいというか。
反応がめちゃくちゃ怖いわけですが……
ずっと放置していたメールフォームを見つけたので、もしお言葉があればお願いします(ぺこり)⇒メルフォ

ちなみにラストの台詞がユアハイネスではないのは、ロロにとってルルーシュは皇族というよりも「ロード」だろーな、と。そうあったらいいな、と(笑)
22:35 | 小話 | comments(0) | trackbacks(0) | author : 皆月
THE CIRCLE
 これ以上届かない想いなんて無いと思った。

「あ」
 思わず小さく上がった声に、数歩先を歩いていた男が立ち止まる。
 普段は自分の声になんて耳を傾けないくせに、きちんと聞いている。こういうときだけ。
「どうした?」
 そう問われて言葉に詰まる。
 立ち止まるようなことでもなかったので。
 ただひらひらと。
 ひらひらと。
「……うん」
 胸にわだかまる気持ちを言葉に出来ずに、喉の奥でそう答えると、無愛想な男の顔が完全にこちらを向いた。
 目の前をひらりと舞い降りてゆく薄紅。
 自分の名前しか覚えていなかった記憶の中に、ふわり、と浮かび上がるように口をついたそのひとひらの名。
「さくら」
 たどたどしい口調でそういうと、「ああ?」と男は眉間に皺を寄せた。
 怖い――わけではない。男は確かに悟空よりもずっと身長が高くて、ずっと確りとした肩と腕と足を持っていて、その表情は怖いくらいに綺麗なのだけれど……悟空は自分がその威圧感に慣れている気がした。
 いつもいつもこんな表情を、誰かの表情を見ていた気がする。
 それはあくまで「気がする」でしかない。薄紅の淡い色にも似たぼんやりとした記憶を手繰ろうとすれば、手繰る手元からゆるゆると白く消えてしまうということを悟空は学んだ。
 だから、悟空が知っていることと言えば、自分の名前と、牢獄に入れられてからの記憶と。
 この男の名前だけ。
 そして、悟空がそれを呼ぶと、男の纏う雰囲気が、ほんの少しだけ柔らかくなるということ。
 いつもどうしようもなくなったとき、伝えられなくなったとき、呟く言葉もなくて、ただ、彼の名を呼ぶ。
「三蔵」
 その声音に男は片眉を上げて見せる。
 そして、ああ、と気付いた様に悟空の視線を追う。
(ほら、こうして呼ぶと)
(気付いてくれる)
(言いたいこと。伝えたいこと。)
(気付いて欲しい 視線)
 悟空の視線と三蔵の視線が垣根越しの薄紅で交わる。
「……八重桜か」
 既に満開を過ぎたのだろう、はらりと衣を落とし始めた木は、それでも両手を広げるように枝を張っている。
「珍しいのか?」
 そう尋ねる三蔵に、ぶんぶんと悟空は首を横に振る。
 違う。むしろその逆だ。
 いつだって見ていたような気がする。
 いつだって傍にいたはずの誰かと。
 そうか、と三蔵は無表情に、また桜へと視線を移す。
「じきに全部散るぞ。次に咲くのは来年の春だ」
「散る?……全部?」
「……ああ」
 悟空を見下ろして三蔵は言う。
 三蔵は絶対に悟空の目線に合わせることをしない。牢獄を出されたときから、いつだって、悟空は見下ろされている。
 実は、悟空はそれが好きだ。下から自然、三蔵を見上げる格好になるので。
 下から三蔵の顔を見上げると、金色に光る髪が空に殆ど溶けてしまって、まるで。
 たいようのようだから。
「春に咲いて春に散る、また次の春に咲く」
 低く響く声が耳に心地よい。
「何度でも?」
 そう尋ねると、珍しく三蔵が笑った。
 どうして笑うのだろう、と悟空は首を傾げる。
 不意に、だらりと垣根にかけたままの指を取られた。
 三蔵の左手に。
「そうだな、何度でも」
 繋がる指の、体温の低さにどきりとする。
(春に咲いて春に散る、また次の春に咲く)
 こころの中で三蔵の言葉を繰り返す。
(何度でも) 
 ぐるぐると大きな何かを自分達は巡っているのだ、と悟空は漠然と思った。
 それが何かは判らないけれど、自分も三蔵もその何かに巻き込まれ、けれど確かにその何かを為している。
 春の次は夏で、その次が秋、そして冬で、また春が巡る。それは三蔵に教えられたばかりの知識だ。
 何度も何度もその四つが繰り返されて、それが一巡するごとに、一年、という単位が生まれる。
 けれどもそれが、広場を大きく一周して、元の位置に戻ってもう一度よーいドン、といったものではないことを悟空は悟っていた。
 春はまた巡る。けれど、それは今の春とは違うものに違いない。
 少しずつ、少しずつ、雲が知らないうちに千切れているように、目には見えないところで大きな何かに飲み込まれている。
 その濁流にも似た流れの中で泳ぐものは多分――同じ瞬間を二度味わうことは無いのだ。
 悟空があの牢獄の中、何度も繰り返した闇の季節も、雪の季節も、また繰り返しの毎日を、過ごすことは無い。
 今日と明日が違う。
 今年と来年が違う。
 それを恐らく、生きている、というのだ、と。
 薄紅の花がふわっと幾枚も拡がるように、悟空は唐突に理解した。
(三蔵)
 伝えたい。
 桜が散ること。
 桜が咲くこと。
 繰り返しの毎日ではないこと。
 自分も三蔵も大きな何かに飲み込まれていること。
 その何かに自分を引きずり込んだのは三蔵であること。
 そうして自分が生きていること。
 三蔵に抱いている気持ち。
 過去の不安より、牢獄の孤独より、もっともっと今の自分を強く貫いている感情。
 けれど、胸の中のもどかしい気持ちを、やはり伝えられなくて、悟空は三蔵の名前を呼ぼうとした。
 その途端、低く呟かれたのは、自分の声ではなく。
「ああもう、うるせえな」
 ぐい、と繋がった指先を引かれた。
「ひとの名前を安売りしてんじゃねえよ」
 そのまま歩みを緩めて足を動かし始める。
 引き摺られて悟空も歩く。
 ほんのちょっと縺れながら。
 こうして手を繋ぐと、悟空は強引に連れて歩かれる。
 けれど、それのほうがよっぽどいい。どこかにひとりきりで置いていかれるよりは。
「それなら」
 三蔵が、悟空のこころを読んだように呟く。
「手を離さなきゃいいだろう」

 手を繋ぐ。
 つよく、つよく。

 これ以上届いて欲しい想いなんて無いと思った。
01:25 | 小話 | comments(0) | trackbacks(0) | author : 皆月
WEB拍手小話
「手を離してください」
 ぼそり、と隣で囁かれた言葉。聞こえなかったふりをして、触れた指先を更に強く握る。びく、と指先が震えるのが判った。怒っただろうか。呆れただろうか。それとも。
 がたん、ごとん。
 列車の振動と同じゆれ幅で、木の窓枠が震えるのを見つめる。
 がたん、ごとん。
 窓の外のずっと遠くの世界は、振動によらず不変だ。
「絶交だ、って」
 言ったでしょう、とラビを責めるように呟かれる。
 クロウリーに噛み付かれた彼に冗談交じりで言った一言を、それとなく彼が気にしていたことを自分は知っていた。
 何度か指先をふりほどくように手の中で指先が動いたが、それは結構とばかりに指の間に指を忍ばせる。指先を絡めて深く、強く。
 きっ、とその目が自分を見る。流石に怒ったか、と力を緩めて彼を見やると。
「言った、癖に」
 そっぽを向いた顔。銀髪に紛れる頬の赤さに、思わず見とれる。
 するり、と笑みが零れて。
「こんなの――」
 卑怯だ、と呟こうとした唇を盗んで、云う。

「嘘だよ」

 え、と自分を見返した彼に、もう一度。
 誰にも気付かれぬ口付けを落として、笑う。

「許して?」

 指先から伝わる振動。同じリズム。
 怒りと羞恥で再び紅く染まった頬をフードでバサリと隠して、ひどいひと、と彼は小さく呟いた。



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何日かWEB拍手で野晒しにされていたラビアレ小話。
アレンよりラビのほうがずっと小悪魔な気がする。
でもアレン受は譲れませんけどね!!!(言い切った)
21:38 | 小話 | comments(0) | trackbacks(0) | author : 皆月
The same.
 
 蕩けそうな夕陽だ、と思った。
 赤色を放つ太陽の周囲は中心よりも僅かに色味の違う赤橙色をしていて、反射する空の色との境界はとても曖昧だ。ゆらゆらと揺らぐその境界を見つめるうちに、背後から迫り来る夕闇の暗さを忘れそうになる。太陽は少しずつその身を山の向こうへと隠しながら、ちょうど水彩画をぼかしたときに似た色で放射線を描くように空を染める。
 運転手が席を外したままのジープは、あと少しで街に入る、という森の中に止められていた。助手席に座ったまま空を仰ぐと、更に境界のわからぬ色の果てに、確かに闇があるのが分かった。それを確かめて三蔵は息をつく。昼より夜が好き、というわけではない。ただ、目のくらむような太陽の紅さよりも、仄かに闇に浮かぶ月の光のほうが好きだった。
 闇の色の広がりは、あと半刻も待たずに夜と呼ばれる時間帯になることを地上の者に教えてくれる。そうなる前に街に入りたいのだが、と三蔵は舌打ちをした。
「八戒たち、けっこう時間掛かってんな」
 まるで自分の心を見透かしたような言葉に、三蔵は小さく反応した。声は、こちらも広いシートに一人残された悟空だ。
 八戒と悟浄が街の様子を見てくる、とジープを降りてからかれこれ小一時間が経過していた。このところ、街に宿泊している最中に、先回りしていた妖怪たちと戦うことが多い。街での戦闘となると被害も少なくはなく、犠牲者を出す可能性もある。それを避けるために、との八戒の提案を断らなかったのは、三蔵も連日連夜の戦闘で疲れていた為だった。今日くらいは布団でゆっくりと眠りたい。
「……またいたのかなァ、待ち伏せ軍団」
「さぁな」
「あー、ハラへったぁ。八戒、早く帰ってこないかなぁ」
 そう言って悟空はあくびをすると、大きく体を伸ばした。
 退屈そうに三蔵の視線を追って、空を見上げる。
 悟空の目に、この空はどう見えるのだろうか。不意に三蔵はそんなことを思った。
 ひとは「見える」風景を見ているのではない。「見たい」風景を見ている。さまざまな情報の中から、自分に必要なもの、自分がほしいものを選んで手に入れている。視覚とてそのひとつである。
 夕陽の色も、この体を脈々と流れる液体の色も、
(まるで同じ色)
 血生臭いのは、己に流れる血液の所為である、と。そう言った長安の老僧は既に死んだ。だとしたら、夕陽の色は。
 三蔵は己の手のひらを軽く開いた。この赤色の中では、ほとんどの色がその彩度を失い、太陽の色に従う。だから、三蔵は夕陽が余り好きではない。
 真っ赤に染まる手のひら。
(汚れていても、判らない)
 この手のひらも、小銃も、血まみれだったとしても、判らない。今だけは。
 他人の血に汚れると、己の血生臭さが判らなくなるように。
「……あー」
 背後から突然声がした。
 どさり、と助手席のヘッドにもたれかかる気配と共に、気の抜けた声が続く。
「うまそうな太陽……」
 その言葉に思わず苦笑が零れる。三蔵の視線を追っていたにしては、あまりにも彼らしい言葉だったので。 自分には好ましく見えないこの空の赤さも、悟空にとっては熟れすぎた柿やトマトの色に見えるのだろうか、と考えると、何だか可笑しかった。
「勝手に食ってろ」
「んー……でもさ、うまそうだけど、何か」
 ふ、としたさり気無さで、助手席にもたれかかった悟空の指先が三蔵の服の裾を引く。
 何だ、と問う前に、悟空の指先に力が篭る。
「とけちゃいそうだ」
「は?」
「とけていきそう」
「太陽が?」
「……違う」
 額が助手席の後ろから押し当てられる。

「三蔵が」

 ふ、と。
 息が止まる。
「皮膚も髪も法衣も全部おんなじ色になるから」

 この体の中をめぐる血液とその色がいつか同化し、蕩けていくような錯覚。
 蕩けてしまえばいいのに、と思う錯覚。

 まるでそれを見抜かれていたような気がして。

「何言ってやがる」 
 勢いで振り向いて、法衣の先に触れる指を強い力で掴み返す。
 そうすると、すきとおる金色の瞳が、助手席のシート越しに自分を見た。
(金色) 
 その色がこの空の紅さにも染まらないことに気付き、三蔵はそれが悔しくて悟空を引き寄せた。己の皮膚も髪も法衣も同じ色になるのだという。まるで太陽の色にとけてゆきそうに思えるのだと。
 それならば。

「蕩けてしまえばいい」

 合わせた唇から、この太陽の色も己に流れる血の色も、そして彼のすべてが、自分と同じ色になればいい、と願った。






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45のお題、「ゆ:夕陽」でした。
21:25 | 小話 | comments(0) | trackbacks(0) | author : 皆月